2021年版も観てきました、ミュージカル「パレード」。
再演のお知らせを聞いたときは鼻血が出そうなほど興奮したわ(笑)
初演(2017年)の感想はコチラでお読みになってね
あらすじ
南北戦争終結から半世紀が過ぎた1910年代、アメリカ南部ジョージア州アトランタ。
ここでは今も、戦没者追悼記念日には、生き残った老兵がパレードに参加し、南部の誇り歌い上げている。
そんな記念日に、13歳の白人少女・メアリー・フェイガンの殺人事件が起きる。容疑者として逮捕されたのはニューヨークから来たユダヤ人のレオ・フランクだ。
彼はメアリーが働いていた鉛筆工場の工場長で、最後に会ったらしき人物だった。しかし彼は無実。それなのに、権力に固執する人々や人種的な差別により、犯人にされてしまう。
彼の無実を信じて潔白を証明するために、妻のルシールは行動を起こす。
無責任にセンセーショナルな記事を書き散らすマスコミと、面白おかしく嘘の話を流布する群衆。白人、黒人、ユダヤ人、知事、検察と、それぞれの思惑が真実を押し流していく──
こういう社会派ミュージカルって、日本ではあまり喜ばれないと思うんです。夢も希望もないし。
だけど上演され続けるべき作品だと思うんですよね。若い人に観て欲しいし、歳を重ねるにつれて見えるもの、考えることも変わっていくと思うから。
ホリプロさん今後も上演をよろしくお願いします(深々
さて再演の感想ですが。
ひと言目がそれw
いや本当にしんどい演目で。心身共にエネルギーが満ちてないと、くらうかも。
でもステキなんですよ、残酷すぎるこの話を、洗練された曲で進行させる妙味!
嫌なシーンほど浮き立つ音楽がついててさ、展開にムカつきつつ曲のステキさに身体は喜ぶという、なんとも不快な感覚になる。
そんなところにも、作品のもつ批判性を感じます。
あとひとつ、この作品ならではのことだと思うんだけど、お芝居が終わって暗転しても、その瞬間には拍手が起きないんですよ。
ステージに照明がついて、役者さんたちが並んでお辞儀をするまで拍手が起きない、そんなミュージカルってある?!
拍手するタイミングだとわかってても身体が動かない。なんて言ったらいいか・・・
「讃えていいのかわからない」
って感覚になるんです。本当に、身体が動かないの。これはぜひ、劇場で体感してほしいと思います。
オープニング、マーチングドラムが聞こえてきただけで胸がぎゅうっってなる。
幕が上がり真っ赤な背景に、そそり立つ大きな木を見た瞬間、全身に鳥肌が立ちました。
「この木は見てた・・・一部始終を見てたんだ」
って気持ちになって、開始1分で泣き始めるw
こういうのは、再演ならではの感覚ですね~。
内容に変更がないのに、違って見える不思議
舞台はナマモノなので、同じ演目・同じ役者さんでも観るたび違っているものですが、再演のパレードの「違い」はちょっと説明できない感じでした。
役者さんは一部変わってますが台詞などはほぼ同じ(だと思う)し、演出も大きくは変わってない。
それなのに違って見えます。なんていうのか、より混沌と、クッキリしないというか。いや話がわかりにくいわけじゃありませんよ。
わかりやすい悪者がいないんだよね。
たとえば、初演では石川禅さん演じるヒュー・ドーシーがめっちゃヤなやつだったけど、今回はそこまで悪い人とは思えない。
その時代の「あたりまえ」に沿って行動していて、言ってしまえば悪気がない。
悪気なくやられたことで死ぬんじゃ、たまらないけどね!
嘘の証言をする人々も、ドーシーに促されたり弱みを握られて
「やむにやまれず」って人もいるけど(飯野めぐみさん演じるメイドのミニーが顕著)
それより、
「ちょっとした悪ふざけで大げさに言っちゃったんですよね~」って感じの人が多いの。
これって、SNSであることないこと流布する心理と近いよね。現代でも日常的に行われていること。
こ わ い よ(震
キャストについて
レオ・フランク役の石丸幹二さんは、初演より若いレオに感じました。
どうしてだろう?って考えてみたんだけど、初演のレオはもっと居丈高だったと思うんですよ。
エリート臭ふんぷんで、垢抜けてて、でも精神的に余裕がない、という印象だった。
しかし再演では、「熟しきってない青さ」みたいなものを感じたんですよね~。
だから「若い」と感じたのかもしれません。
工場の若い女の子達が嘘ばっかりの証言をする時、そのイメージを具現化したキャラクターとなって歌うとこ、内容はムカつくんだけど・・・すごい好き(笑)
そこからの、「ありのままを見てください」と訴える真摯な姿がもう。
もうね!(苦しい
あの役はもう、ハンパなく消耗すると思うんです。しかもこれ、事実だからさ。
こんな目にあった人が本当にいた、ってことを知るのって、予想以上に精神的に削られると思うんですよ。
それを連日演じるなんて、どんなにかしんどいだろうと思います。しかも、開演時には自分がどうなるかなんて、分からない顔してなきゃならないんだよ?!
役者ってすごい・・・なんて知的な仕事なの・・・尊敬します
堀内敬子さんは2幕の力強さが増してました。あのおぼこい外見と妙に馴染む、根源的な強さね。
わたし、舞台女優さんによくある「身軽さ」を、堀内さんには感じないんですよ。そしてそこが、ものすごく良い。母性的な重みというか、母なる大地の強さをすごく感じるのね。
その点が、お嬢さん然としていたルシールが変わって、行動する強さに響く。他の人が演じるルシールは考えられません!
トム・ワトソン役は新納慎也さんから今井清隆さんに代わり、妖しいカリスマ性は薄まりました(おい)。しかし重厚さは増して、人種差別を軸に民衆を扇動する憎々しさが前面に出ていました。
ローン判事も福井貴一さんになりましたね。禅さんとデュエットする釣りのシーンの曲、すごく好きなんですよ。ゆったりとした美しい旋律で、でも内容は考えるとエグめ。
そういうの多いのよこの演目(笑)
幕が開いてすぐにソロで歌い上げる大変な役に内藤大希さん。フランキーは初演時、小野田龍之介さんでしたね。メアリーのお葬式で怒りを爆発させる歌唱もものすごかった。
純粋だからこそ、盲信して暴走する姿は見ていて痛々しいほど。えん罪だったと分かったとき、フランキーはどう感じたんだろ。
坂元健児さんの憎々しいジム・コンリーは続投。これまたものすごく腹が立つのに、めちゃいいんですよ曲が。サカケンさんの伸びる声で歌われると本当に聞いてて気持ちがいい。でも内容はムカつく。
アンビバレントな感覚に陥り精神的に不安定になること請け合い。ステキです ←
新聞記者役は、私が観た回は武田真治さんがお休みで、代役の田川景一さんでした。
最初の飲んだくれ姿がちょっと若すぎて、可愛かったのが難かな(笑)
しかし話が進むにつれて、フットワーク軽く話を集めて(デマばかりだけど)どんどん記事にしていくところと、後半に行くに従ってレオの無罪に気づいてるらしいところ、表情の変化がみごとでした。
また他でお目にかかる機会があるかな?楽しみにしたいですね。
私が若い頃は、日本にいると人種差別とは無縁、という雰囲気でした。
しかし今はそうでもない。日常的に差別はあると認識できるし、文化の違う人に対して、無意識に
「そうなんでしょう?」
という固定観念があるなと自分で気づいてハッとすることもある。
そういえば学生の時、交換留学で来ていた男の子に
「黒人だからって歌がうまくて踊れると決めつけないで」
って言われたことあったなぁ。貶めてるつもりじゃなくても、そういう決めつけは差別に繋がるんだな~と思ったのに、学習していないわたくしです。
人種が起点でなくても起きる「差別」。
自分は正しい、反対意見は間違っている、悪だと思い込む気持ちや、煽られて自分が正義と盲信してしまう愚かさは、俯瞰して見るとわかるけどただ中にいると見えないもの。
わたしたちって個々の顔が見えなければ大胆に悪ふざけができてしまう民族だと思うので、この点はしっかり自覚しておきたいものです。
パレードは上演されるたびに観に行きたいし、息子ももう少し育ったら連れて行きたい。できれば旦那さま(ミュージカル苦手勢)にも観て欲しいな~。
いずれ機会が訪れますように。
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