世田谷パブリックシアターで、2014/07/05に初日を迎えたブラックメリーポピンズを観てきました。
この作品、大好きな小西遼生さんが出演されるので観に行ったんですが・・・
そんなことをすっかり忘れちゃうほど、お話に夢中になっちゃいました。
そのくらい良かったんです・・・!!
ブラックメリーポピンズは2012年に韓国で誕生した、心理スリラーミュージカル。
ってなにそれ?という感じなんですけど、お話をみると実際、推理ものとも違うし、サスペンスともちょっと違う。確かに心理スリラーという表現がしっくりくるなぁ、と感じる内容でした。
世田谷パブリックシアターで上演中よ
1979年生まれというまだお若い女性、ソ・ユンミさんがたったお一人で!脚本・演出・作曲をされたという作品。
自国韓国では再演された2013年には異例のロングラン上演を果たし「ブラックメリーポピンズシンドローム」を巻き起こしたそうです。
そんなん聞いたら、期待が高まっちゃうじゃないですか!!
というわけでもー、楽しみに楽しみにしておりました。出演者は少なくたった5人なんですが、みなさん本当に素晴らしかった。
あと何回か観に行く予定。観るたびにまた違った解釈が出来そうでとても楽しみです。
パンフレットが美麗で内容も充実してて、嬉しかった~
さてここからはネタバレします。
言っておきますが 豪快にネタバレします。
ですからこれからお芝居をご覧になる方は絶対に!読まないほうがいいです!(笑)
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幕が上がるとまずはプロローグ。出演者5人全員が舞台に。テーマ曲に合わせてマリオネット的な動きをする役者たち。
観終わってみれば、一番最初のこの動きからもう、子供たちが屋敷の中で、どんな風に扱われていたのかが暗喩されていました。
お話の舞台は1920年代のドイツ。高名なグラチェン博士の邸宅では、それぞれ孤児だった4人の子供たちと、住み込みの家庭教師・メリー(一路真輝さん)が暮らしていた。
博士に引き取られるまで家庭の温かさ・母親のやさしさを知らなかった子供たちは、優しく賢いメリーに夢中だった。
しかしある水曜日、グラチェン邸は火事に。大火の中、メリーは全身に大やけどを負いながらも4人の子供たちを救出し、失踪してしまう。
残された子供たちは火事の際の記憶を失い、それぞれの里親に引き取られ、つかの間の幸福な子ども時代とは かけ離れた生活をしていた。
弁護士になった長男・ハンス(小西遼生さん)は、火事以来 離れ離れだった兄弟を呼び集める。
ハンスは火事の時、何があったのか調べるため、メリーを容疑者として再審請求を提出しようとしていた。
ハンスの元には当時メリーの放火を疑っていた刑事から、疑いの根拠である手帳が送られてきていた。
内容を知ったハンスは、過去のトラウマから自分が人を愛せないこと、得体の知れない不安に脅かされていることを自覚し、すべての真実を知ろうとする。
兄弟それぞれが持つ、断片的な記憶。それをパズルのように組み合わせて、あの日何があったのか、メリーはどうして自分たちを捨てて消えたのかを突き止めようとするハンス。
思いつめるあまり、不安神経症を患い施設にいた末弟のヨナス(良知真次さん)を拉致までしていた。
ヨナスが発病したのは、出版社で働いていた時に 童話「メリーポピンズ」を目にしたからだった。
兄さんは狂っていると、ハンスの提案を拒絶するヘルマン(上山竜司さん)。
彼は明るく感受性の強かった子ども時代とはうって変って、すぐに暴力をふるう男になっていた。
過去に何があったのか知らなくていいと言い張るが、頭の良いハンスに論破されてしまい苛立ちを露わにしていた。
ヘルマンは4人兄弟で唯一の女性であるアンナ(音月桂さん)を、子ども時代から想っていた。
ハンスの家で火事以来会うことになるふたり。お互いにぎくしゃくとかみ合わず、居心地の悪い思いをしている。
子どもの頃は明るく快活で、怖いものなど何もなかったアンナは、心を閉ざし感情をあらわさない女性になっていた。何かに怯え、すべてを拒絶しているように見えるアンナ。
彼女は火事の後、訪ねてきたヘルマンと会うことも拒否し、ハンスの家にヘルマンがいることも知らずにやってきていた。
すべてを思い出そう、そうすればそれぞれの現在の苦しみから逃れられるかもしれない、と訴えるハンス。兄弟たちに会い発作を起こし暴れるヨナス。
火事は事故だった、メリーは大やけどを負った姿を見られたくなくて消えただけだ、というヘルマンに、ハンスは刑事から送られてきた手帳を読ませる。
手帳には、メリーの筆跡で、火事の3か月前から子どもたちに毎週のように行われてきた実験結果が記されていた。子どもたちは博士とメリーの実験体だったのだ。
実験の目的は肉体的・精神的なトラウマの克服。子どもたちは毎週水曜日、激しい暴力や電気ショックなどの、実験の犠牲になっていた。
実験の後、博士の薬とメリーの催眠術ですべてを忘れていた子どもたち。
薬が効きにくくなっていたヨナス、催眠を拒否する傾向があったハンスの様子なども、手帳にはこと細かく書かれていた。
手帳を読み、自らが実験体であったこと、優しい聖母だと思っていたメリーが自分たちを実験体にしていたことを知って、ショックを受ける兄弟たち。ヨナスは最後まで手帳を読むのを拒否し続ける。
「お前は覚えているんだろう、だから病気になったんだろう」と兄弟たちは詰め寄る。
手帳を読み、徐々にそれぞれの記憶が呼び起されていく。あの火事の水曜日、何があったのか。博士はなぜ死んだのか。
ハンスは血まみれの自分の手と、返り血を浴びたシャツを覚えていた。
自分こそが博士を殺したのではないのか?しかしそうだとしてもなぜ、自分は博士を殺したのか────
ハンスは兄弟を呼び寄せた日の前日、メリーに会いに行っていた。博士を殺したのは自分だというメリー。
子供たちへの実験は、戦場で受けるトラウマから兵士を開放し、究極の殺人兵器を作り出すためだった。
博士の共同研究者だったメリーは、その成果を独り占めにするために博士を殺したという。
その理由には矛盾がある、自分をかばっているのではないかと詰め寄るハンス。しかしメリーはまた姿を消してしまった。
メリーの告白をハンスから聞かされた3人は、それぞれの記憶を鮮明に思い出す。
あの水曜日、メリーは朝から屋敷にいなかった。毎週水曜日に何かが起きていると感づいていた子供たちは、その日はいつも飲まされる薬を飲むまいと約束する。
しかし、メリーがいなかったその日、博士は男の子たちの前でアンナに性的虐待を加えた。椅子に縛りつけられアンナを助けられなかった兄弟たちは慟哭する。
想いを寄せていたアンナを守れず自分を責めるヘルマン。逃げようというヘルマンの提案を退け、皆を守ると約束したのに守れなかったハンス。
激情にかられた兄弟たちの前に、博士がまた現れる。博士の頭を花瓶で思い切り殴りつけたのは、ヨナスだった。倒れこんだ博士を背後から刺したのは、ヘルマンだった。
「父さんは悪魔だった。悪魔を殺した僕も悪魔でしょう?」
混乱し壊れかけるヨナスとヘルマンを守ろうと、ナイフを取り上げ博士を何度も刺すハンス。血まみれになり、「父さんは兄ちゃんが殺した!」と叫ぶ。
死体を始末しようと、ラム酒をまき火をつけようとしたところへ、メリーが急ぎ足で戻ってくる。
部屋の様子とアンナの様子を見て、すべてを悟ったメリーは、実験は自分自身のトラウマの克服のためだった、トラウマを感じない兵士を作るためだとは知らなかった、博士に騙されていたと告白する。
一度飛び出したものの、やはり子どもたちを連れて出るべきだったと思い、引き返してきたが手遅れだった、と嘆くメリー。
この記憶を消してくれとハンスに懇願され、薬と催眠術で4人の記憶を消したのだった。
思い出した記憶をまた消そうと、メリーの元に集まった兄弟たちだったが、ヨナスはこの記憶を消さないという。
辛い過去を「忘れた」という情報で上書きしても、今回のように得体の知れない恐怖におびえることになる。
痛みを伴う過去であっても自分の中に置き、自然に蓄積される記憶の中で薄らいでいく人生を選択したい。
4人ともが同じ答えを選び、明るい気持ちではないけれど、もう昨日までの得体の知れない不安におびえることはない。
過去は過去として自分の中に置いておく。それがどんなに辛くても、痛くても。
「幸せになるために、喜んで過去と共に生きていく」
ハンスの台詞が、この作品の根幹に流れるテーマだったと思います。
舞台装置がけっこう効いてて、不安な気持ちや、4人がそれぞれ自分の中の暗闇をのぞき込むようなシーンの時は、舞台上でくるくると役者さんが回るのね。
あと、大人時代と子ども時代が切り替わる時に、中心に置いているソファーが回ったり。旋回というのはこんなに色んな表現ができるものかと思いました。
役者さんたちがもう~、もう本当に!!良かった~!!(号泣)
瞬時に子ども時代に変わる場面が何度かあるんだけど、衣装とか髪型はそのまんま。でも発声の仕方や所作なんかで、子ども時代であることを表現するの。
発声がすごいポイントで、ファンだからって点を割り引いて考えても、遼生さんは切り替えが一番すんなり入ってくる感じだったわ~。
音月さん演じるアンナは一番振れ幅が大きくて、登場時は暗ーい後ろ向きな感じなんだけど、子ども時代には弾けるような明るさと勝気さがすっごく出てた。
兄弟たちの中で好き放題やって、でも女の子だからやっぱり大事にされてて、ヘルマンのこともちょっぴり気になっていて、という思春期の女の子らしさ全開で可愛らしかったです!
子ども時代、とても幸せだった時のシーンはみんな明るくて幸福そうで、この子どもたちがどうして冒頭出てきた大人たちに変化してしまったのか、どうしても知りたくなる。
子ども時代シーンは爆笑できるんですよ~意外なことに(笑)
この部分は芝居全体の中でかなりの救いにもなっている反面、クライマックスの悲劇に向かっていく痛さも感じる重要な部分だったと思いますね。
あと、なんで時代背景が1920年代のドイツなんだろうと思ってたけど、究極の兵士を作る目的と聞いて、なるほどとと思いました。
ヒトラーの政権下にあったその時代のドイツでは、実際にそんなことくらい研究されていたかも、と思ってしまいましたね。
曲がね~、なんていうか、アジア特有の旋律とでもいいましょうか、基本的に「哭き」なのね。
聴いてるだけでも難しそうな曲が多くて、でもそれだけに4人・5人のハーモニーが合ったときには物凄く!響きましたよ~。
どの曲も好きだなーと思いましたが、個人的に特に印象的だったのはアンナが酷い虐待を受けている時の曲。
酷い暴力が繰り広げられているのに曲が美しく穏やかで、余計に苦しくなりました。
あとはメリーの催眠術の時に歌う曲ですね。扉を開け記憶を入れて、そっと閉めて逃げてと繰り返す旋律が悲しく歌声が美しくて、祈りにも似た気持ちが観ているこちらにも湧きあがってくるようでした。
忘れてしまいたい酷い記憶から、逃れる術があるなら逃れるべきなのか?トラウマは忘れてしまったほうが幸せなのか?
でも人は経験したことで作られていくもの。起きてしまった出来事をなかったことにしても、自分を騙して生きていくことはできない。
子どもたちとメリーのこれからが、明るいばかりとも思えないけど、どうか幸せな記憶を増やし、辛い記憶の呪縛から解き放たれて欲しい、と願う気持ちでいっぱいになりました。
↑↑↑↑↑ ここまで ↑↑↑↑↑
長いよ、私の話!!(笑)
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。スマホやガラケーで読んでたらどんだけ大変かしらこれ。って書きながら思ってたのはナイショです。
いやー大作になる予感はしてたけど、本当に長くなってしまったわ。
見ごたえあった!!重いというより、痛かった!!心の皮膚の一番薄いところに、ヒリヒリくる感じでした。
痛いんだけど目をそらせない。胸にフタされたような気持ちになるけど、もう嫌だという気持ちにならない。展開もお芝居も音楽も、本当に絶妙で良かったです!
幸せをつかむには、覚悟も要るし強固な意志も要る。
言葉にするとなんと厳しいことかと思うけど、ある意味、みんな分かっている事なんだよね。だからこんなに共感するし、心に響く。
一度見たら絶対にもう一度見たくなると思うよ~、韓国でシンドロームが起きたというのも納得。もう、今日にでもまた見たいもん、私(笑)
混乱も慟哭も激情も、照明やライトで浮き上がる壁面の模様、カーテンに浮かび上がる影で巧みに表現されていました。
鈴木裕美さんの演出の舞台は初めて観ましたが、評判通り没頭できるお芝居を作られますね!次回作もぜひ!観に行きたいと思わされました。
当初の目的だった遼生さんの美しさも堪能できましたし、大満足でした。
お話に没頭しちゃって途中から遼生さんでなくハンスに感情移入してたけど(笑)作られた家族だからこそ、長男らしくあろうとしたハンスの苦しみもまた、長女である私にはちょっと痛かったりしてね。
とにかくとても!良い舞台でした。DVDも今後発売されるそうで、現状は会場内で配布のチラシでのみ受け付けみたい。
舞台に行けない方もDVDをゲットして観られる可能性があるから、機会があればぜひ!!観てみてほしいです。
というわけで日本版ブラックメリーポピンズはやばいくらい良かった、って話でした。来週もまた、観に行くよ~!!
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