2016年6月、新国立劇場で公演された「あわれ彼女は娼婦」を観てきました。
主演は浦井健治くん・蒼井優ちゃん。演出は栗山民也さん。そりゃ観るに決まってる(笑)
原作戯曲は学生時代に読んだことがあると思ったけど、ほとんど覚えてなかったわ~
兄と妹の近親相姦がテーマのように扱われるけど、それは事件のきっかけであってテーマじゃないんだよね。そのへんが、まだ若かった私には掴みきれなかったのでありましょう。
さてあらすじはといいますと。
イタリア、パルマの貴族の息子・ジョヴァンニ(浦井健治さん)は優秀で、将来を嘱望されている身。物語は彼が、尊敬する修道士・ボナヴェンチュラ(大鷹明良さん)に懺悔しているところから始まる。
彼は美貌の妹、アナベラ(蒼井優)を女性として愛しており、結ばれることを望んでいた。修道士は叱責し、目を覚ませと忠告するが、ジョヴァンニはアナベラに想いを打ち明ける。すると、アナベラもまた、兄を男性として愛していると告白する。
類まれな美貌で数々の男性に求婚されているアナベラは、どこにも嫁がずジョヴァンニと共にいることを望んでいる。しかし政治的に利用される宿命の貴族の娘に、それは選べない道だった。
一方、アナベラへ求婚しているひとり、貴族のソランゾ(伊礼彼方さん)は、かつての火遊びの相手ヒポリタ(宮菜穂子さん)に付きまとわれ、うんざりする日々を送っていた。
献身的な従者ヴァスケス(横田栄司さん)がどうにかすると請け負ったのをさいわい、信頼し任せることにした。
ヴァスケスはヒポリタに買収されたようにみせかけ、主君の邪魔をするヒポリタを罠にはめ、処分する。ヒポリタはソランゾと、のちに花嫁となるアナベラに呪いを叫び絶命する。
アナベラは兄の子を身ごもり、それを知られぬために急ぎソランゾと結婚することにした。しかしヴァスケスの働きで、ソランゾはアナベラの腹の子が実の兄の子であることを知り、アナベラを憎み蔑む。
アナベラがソランゾと結婚したことで、自分を裏切ったと信じたジョヴァンニは、ふたりの結婚式には出ないという。しかしそれも、花嫁の兄としては許されないことだった。
かくて幽閉されているアナベラの元へ現れたジョヴァンニは、腹の子とアナベラを殺し、心臓をえぐり出す。血まみれで臓器を手にした息子を目にし、父は発作を起こして亡くなった。
ジョヴァンニはさらに、妹を奪い幽閉したソランゾも手にかける。格闘の末、ソランゾとヴァスケスに深手を負わされたジョヴァンニもその場で絶命。
かくて悲惨な事件は幕を閉じたが、すべては神の代理人として君臨する枢機卿により、アナベラはふしだらな女だったと断罪される。数々の手柄を立てたヴァスケスはその働きを認められ、故郷であるスペインへ帰れることになった。
って感じ。悲惨(汗)
つい先日、TVで放映されたんで観た方も多いのではないかしら。美しい舞台装置と、物悲しくも懐の深いマリンバの音楽で、とてもステキな空間だったし、話が濃密ですごく集中したわ。
私が行った日は、高校生の芸術鑑賞日だったみたいで、今どきくんと今どきちゃんが、わんさといたのね。
開演前はそりゃ賑やかだったし、開幕前に客電が落ちたら、「待ってました!」ってアピールよろしく椅子をバンバン叩いてたんで、どうなることかと思ったけどお芝居中は物音ひとつせず。
良い子たちで嬉しかったよ、おばちゃんは(笑)
これが書かれた1620年代って、エリザベス1世が亡くなり、無能な王を据えてしまったためにイングランドは荒廃を極めた時代。その時代の閉そく感や、機能不全に陥った政治に対する激しい怒りが、この作品を形作っているのかな、という印象でした。
とにかくジョヴァンニは怒ってる。妹を愛してはいけないと諭す修道士に対しても、より強大な貴族に妹を嫁がせようとする父親に対しても。そして妹を愛してしまった自分のことも。
世間や家、宗教に対する怒りと不満から、大切な妹を守ろうと思ううちに、それが愛に変わってしまったのかしらね。アナベラは絶世の美女だし。
まあ、実際に愛し合うのは危険なことだけど。このへん、本人たちは純粋と思ってても、傍から見ると違うぞっていう。
不倫とかそうだよね(笑)
テーマは許されない愛に陥った愚かな兄妹の話、ではなく、周囲を取り巻く人間の醜悪さを際立たせるために、この2人を愛し合わせる構造にしたのかな、と感じる。
嫁ぎ先について、娘の気持ちも大切といいながら、やっぱり損得を考える父親。人妻と火遊びを楽しんで、飽きたら捨てて妹と結婚しようとするソランゾ。
人違いでなんの罪もない、愚鈍だけれど純真な貴族バーゲット(野坂弘さん)を殺してしまったグリマルディ(前田一世さん)を、お咎めなしにする枢機卿(中嶋しゅうさん)。
まぁとにかく皆、みごとに醜い。そんなあれやこれやに比べると、ジョヴァンニとアナベラはただお互いを慈しみ求めあうだけで、なんと純粋かと思っちゃう。
浦井くんと優ちゃんがこれまたね~、うまいのよ~!
恋人同士特有の空気感ってあると思うけど、それがお互いの気持ちを確認しあって混ざり合う時の、なんともいえない高揚と戸惑いがね。
何十年も前に忘れた感覚だけどさ、胸が苦しくなったよ(笑)
そして優ちゃん、ジョヴァンニと結ばれて女になったアナベラを、閉じたドアを静かに開け放つ、その佇まいだけで表現しててもう
「お見事です!!」
つって平伏したくなった。気怠い幸福感に満ち満ちてて、これまた何十年も前に忘れた感覚だけど(笑)ああ幸福だよね、って。
でも幸せなのはその一時だけ。やがて兄妹は悲惨な運命に堕ちていく。そしてただ愛し合いたかっただけのふたりは、断罪され死んでいく。
枢機卿の「あわれ彼女は娼婦」のひと言で、ふたりの愛も、それに派生して起きた悲惨な事件も、なかったことになる。
作者の怒りが頂点に達するように感じるラスト、なんとも形容しがたい気持ちになったわ。虚しいというかね。
ラストのジョヴァンニが絶命するところ、浦井くんが全身痙攣してて怖かった。お芝居だと分かってるのに、死ぬのかと思ったよ(震
芸術鑑賞の今どき高校生の心には、どんなものが残ったかしら。ちょっと聞いてみたいと思ったね。
見ごたえのある、上質なお芝居で楽しみました~
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